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問い直される在日朝鮮人「科協」と北朝鮮の関係 安部桂司(亜細亜大学アジア研究所所報 平成15年7月31日 第111号)
最近の新聞報道に見る「科協」
関係者によれば、「科協」(在日本朝鮮人科学術協会)は過大に評価されているそうであ。「カキョウ」と呼べば一般には「華僑」だと受け取られていた。それは北朝鮮問題家の間でもつい最近まで、そうであった。処が、二〇〇三年に入ってから「カキョウ」は「科協」だと認識されてきた。科協が認知されてきたのは、北朝鮮の核とミサイルの開発を支えている団体のように受け取られるようになったからである。日本の市民社会の安全を脅かす組織との疑いを持たれはじめたからでもある。
「科協」に対する評価に関連し、金正日総書記の「先軍政治」との兼ね合いで論じた報道の嚆矢は『AERA』誌(二〇〇二年一二月一六日号)であった。『AERA』誌の「北朝鮮取材班」は「ミサイル技術日本との接点」のなかで、「全国科学者・技術者大会」(一九九九年三月、平壌)での崔泰福朝鮮労働党書記の科協の活動に関する発言を紹介している。
この発言は在日の科学者、技術者が繰り広げた北朝鮮の富強発展と朝鮮半島の統一のための「愛国的な活動」が、崔泰福書記が言う「一〇〇%我々の力、我々の技術で初めて人工衛星(日本で言うテボドン1号)を成功裏に発射したのは、最新科学技術発展で成し遂げられた最も誇らしく、貴重な成果」と、結びつけられて考えられるようになったことを示している。つまり、北朝鮮のミサイル開発との関係で科協の「愛国活動」が見られるように成ったのである。
むろんこのような認識の形成に『産経新聞』紙の報道も深く関わっているようだ。例えば、同紙の「北朝鮮問題取材班」は、「北朝鮮ミサイル関連技術」(二〇〇三年二月一三日付け)の取材記事の中で、「北朝鮮の戦略物資調達の仕組み」という図解を試みているが、朝鮮労働党第二経済委員会の戦略物資調達の指示を受けて科協が朝鮮総連と並んで傘下・関連企業に物資購入の指示を与える模様が図示されている。
さらに、ミサイル関連機器の不正輸出疑惑が報道され、ミサイル推進薬製造に関わる粉砕機「ジェットミル」を不正輸出したとして「セイシン企業」(東京都渋谷区)が摘発されたことも見逃せない。『朝日新聞』(二〇〇三年六月一四日付け)によると、朝鮮総連の傘下団体「在日本朝鮮人科学技術協会」(「科協」)幹部は九三年末、都内の機器販売会社にジェットミルなどを買ってくれるよう頼み、販売会社から持ちかけられたセイシンが受注している。
「科協」の役割
従来あった在日本朝鮮人科学者協会が一九八五年七月に改編され、より幅広く在日朝鮮人の科学者、技術者および生産業者を網羅して結集した組織が「在日本朝鮮人科学技術協会」、略称「科協」である。だが、その歴史は、それ以前の科学者協会の時代にまで遡ぼれる。例えば、科協は一九六〇年以後毎年「学術報告会」を開催している、と述べている。
一九九六年の「科協」学術報告会で行われた「科学技術と在日同胞のシンポジウム」の資料を見ると、若い在日朝鮮人科学者や技術者により広範な活動の場が設けられている実情が紹介されている。産業界での活躍、大学院への進学者の増大、研究環境の好転などが報告がされている。その報告では、「より高度な研究成果を挙げ、日本社会で朝鮮人科学・技術者の認知度を高めて行くことが必要だ」と語られている。この「学術報告会」の報告を読む限り、少なくとも「科協」は、科学を学ぶ在日朝鮮人の親睦団体である。
三年毎に開催される「科協」の大会報告を読むと、毎回熱く祖国が語られている。例えば最近の「第一六回大会事業報告」(二〇〇一年開催)であるが、北朝鮮の科学技術発展に寄与することがスローガンになってもいる。その北朝鮮は、「科学技術は強盛大国建設の力強い推進力」(キムドッコ『経済研究』二〇〇〇年一一月刊)だと主張している。その内容は、科学技術の発展が軍事強国の威力を更に高めさせると論じている。つまり、「全ての軍事装備を現代戦の要求に合うように生産保障できるようにするには、科学技術の発展が欠かせない、一般的に国防工業は民需工業部門より更に最先端科学技術で武装することを要求している。現代の戦争は科学技術の対決だから、現代的で威力ある軍事技術装備での武装が必要であり、北朝鮮の武力の優越性を全世界に誇示出来るのは、まさに軍事科学技術である」と述べている。
それ故、科協が一六回大会で北朝鮮の「強盛大国建設は、科学技術によって担保」されていると報告し、その北朝鮮の科学技術発展に寄与することをスローガンにすることが問われているのである。一六回大会以前にも、北朝鮮の科学技術発展と社会主義建設に貢献することが次のように報告されている。
我々が、社会主義祖国の富強発展のため、特色ある寄与をするためには、経済大国を誇り、科学技術の発展水準の高い日本で生活し事業していると言う立地条件をあまねく利用し、在日朝鮮科学者、技術者でなければ出来ないことをずば抜けてせねばならない。 (一九九五年「学術報告会」での基調報告)
遅れている北朝鮮の科学技術
従来北朝鮮は建国以来旧ソ連圏に研究者を留学させて自国の科学技術を発展させたと考えられて来た。しかし、両国の科学技術協力に関する議事録からは、技術の流れが旧ソ連から一方的に北朝鮮へ流れただけでなく、双方向的なことが伺われるのである。(木村光彦・金子百合子「一九五九年の北朝鮮・ソ連科学技術協力に関する資料」下、『青山国際政治論集』六六号、二〇〇二年五月参照)
そこには、「製造経験・科学技術成果の譲渡に関するソ連側の希望に応えることに朝鮮側が同意した」と明記されている。つまり旧ソ連は、北朝鮮から製造経験と科学技術成果について説明を受けることを認めさせている。
旧ソ連が北朝鮮から製造経験と科学技術成果の説明を求めた内容には「酢酸ビニール製造」があった。これは石炭化学に関わる分野で、北朝鮮側技術の優位を示していた。とは言え内実を見ると、この分野では北朝鮮は旧ソ連でなく、植民地宗主国である日本を頼らざるを得なかったのである。
北朝鮮が科学技術で如何に遅れているかを、人材面で実証した報告が韓国で出されている。そこには「国内大学の水準が低かったがため外国留学生の活用もろくに行われていなかった。先ず外国留学生の派遣先が社会主義国家を中心に推進され、この中でも一九六〇年代まではソ連に、一九八〇年代以降からは中国に極端に備っていた。これにより北朝鮮は資本主義の先進国の発達した技術をきちんと導入出来なかった」(李春根)と、その科学技術面での遅れが指摘されている。
韓国側の指摘だが、金日成親子に対する偶像化と政治思想教育も理工系卒業生の質低下の大きな要因になったようである。留学から帰って来た優秀な人材を現場支援中心に配置しても、自力更生と主体の「経済理論」による国内原料に依拠する研究開発体制は先進技術の導入の障害となり、先進技術導入を強く主張すると事大主義者として批判を受けた、と言われる。それ故、優秀な外国留学組を活用し、新産業を創出する未来志向的な研究を遂行し、先進国に追いつくための戦略分野に集中する研究は殆ど遂行されないことになる。また、未来志向的な研究を行おうとする科学者は修正主義の伝播者と誤解されたのである。
このことは「科協」の「学術報告会」で北朝鮮へ日本の学術文献、工作機械、設計図面、製品カタログを送ったことに関連し、「この時期、科学技術書籍と資機材、見本品は、祖国の科学者、技術者には砂漠での泉のように貴重なモノであった」(前掲、一九九五年)と、述べていることからも伺える。それは科学技術の発展した日本から見ると、北朝鮮は科学技術面で砂漠のように干からびた国だと感じたからであろう。
「科協」と愛国工場
この砂漠のような科学技術国である北朝鮮へ「科協」は、幾つもの先端技術の工場建設を図る。それが「愛国工場」と呼ばれる、日本からの技術移転を伴う工場建設である。だから、北朝鮮には「愛国工場」が幾つも存在する。代表的な愛国工場を挙げると、平壌小麦粉綜合加工工場、平壌オンビール工場、平壌製薬工場、平壌金属建材工場、安州製紙工場などがある。この中には、工場全体の建設に関わったモノもあるが、主要な工場設備の設置に関わったモノもある。一九八〇年代で六七工場の製造設備の設置に関わり、投資額二〇〇億円と伝えられている。この時代に建設された有名な金萬有病院も「愛国金萬有病院」と呼称されている。
金日成は在日商工人が北朝鮮を訪問した際「在日同胞商工業者は祖国の社会主義建設に積極的に寄与すべき」だと力説した。それを受けて、翌一九七七年四月には「平壌愛国製麺工場」が建設されている。一九七九年には、在日朝鮮人科学者へ北朝鮮の「科学技術を発展させる」ことを課題として提示した。同じ四月に「平壌愛国製糖工場」の竣工式が行われ、これには朝鮮総連の韓徳銖議長も参加した。
この間、「科協」は北朝鮮から訪日する経済技術代表団の接待を通して、順川セメント工場の設備調査と検査、黄海製鉄連合企業所の自動化、殷栗鉱山のベルトコンベアの建設、乾電池工場設備の導入、連続鋳造設備の導入などで協力した。
これらの成果を受けて、金日成は朝鮮労働党中央委員会第六期第一一次全員会議(一九八六年二月六日~八日開催)で「技術革命の促進と金属工業の発展について」という題で総括している。これには、外国の先進技術の導入に力を入れることが強調され、「在日本朝鮮商工業者たちとも合弁会社を組織」し、日本の先進技術を取り入れることを指示した。早速に金日成は、この後平壌を訪れた「在日本朝鮮人商工連合会結成四〇周年在日朝鮮商工人感謝団」(団長全演植会長)に接見し、商工人に北朝鮮との合弁の必要性を説いている。この一九八六年二月二八日の接見で金日成が「同胞商工人が祖国と合弁することが大切である」と述べた教示を貫徹するキャンペーンが、その後在日本朝鮮人商工連合会の大きな運動となっている。
合弁事業は一九八四年に法律の公布と施行によって始められ、二年間の準備期間を経て、一九八六年一〇月の朝鮮国際合弁総会社が設立され、本格化した。これには「科協」及びその構成員である科学者、技術者が多く関与している。「科協」の黄喆洪会長は「合弁事業は食堂、喫茶店のサービス部門から始められ、四~五年の間に農業、水産業、鉱業、軽工業、電気、機械、化学などの部門まで大きく拡大した」(「在日本朝鮮人科学技術協会の対北韓科学技術協力経験」『科学技術政策』二〇〇二年四月刊)と報告している。これは在日朝鮮人科学技術協会が第三次七カ年計画へ参画した記録ともなっている。
「科協」の黄喆洪会長は、これら北朝鮮への技術支援について「海外僑胞は海外に住んではいるが、自分の祖国の科学技術発展に尽くすことが出来る有利な条件が整えられている」と指摘する。そして、合弁事業の軽工業部門では、紳士服、ジャンバー、ブラウス、スウェット、絹織物、婦人服、ショーツなどの繊維製品製造業、洋傘、段ボール、ピアノなどの製造業を挙げている。
一方、兎角軍事技術と結びつけられ易い重工業部門では、小型エンジン、塩化ビニール、コンパウンド、ERPポット、再生タイヤ、小型変圧器、DIPスイッチ、医療器具、希土類金属、混合水道蛇口、自転車の製造、建設機械の修理を挙げている。
黄喆洪会長は、この合弁事業は業種と規模に変化があったが、今日まで(二〇〇二年時点)希土類製錬、繊維製品製造業、水産物の加工及び貿易、段ボール製造、食堂経営などは継続している、と報告している。その結果、技術者への期待は高まっているようだ。
そして、黄喆洪会長は「科協」の中心的な仕事は「経済活動」でなく、科学研究事業の発展であり、そのために北朝鮮の各研究機関と共同研究事業を進めることが必要だと言う。共同研究は二〇余種にのぼり、その中でも代表的なものとして、C1化学、精密有機化学、高分子化学、食物生理、半導体、自然保護、超伝導及び水素貯蔵合金などの調査研究を挙げている。
その研究事業テーマのなかで、黄喆洪会長がとくにページを多く割いて報告しているのが「水素貯蔵合金の開発」に関する研究である。これは北朝鮮のエネルギー問題を解決するための切実な課題として提起されたという。北朝鮮側の対象研究機関は金日成綜合大学物理学部、金日成綜合大学触媒研究所、四・二四研究所などが挙げられ、「科協」から課題が提起された当初、北朝鮮側の水素貯蔵合金の開発と応用は進められておらず、共同研究の課題に各種水素貯蔵合金の製造と、物性研究及び応用面からニッケル水素電池の開発を選んだそうである。
水素貯蔵合金の開発では、初期段階では追試を重点的に行ったそうだから、日本からの技術移転を図ったものと推測される。そして、小型電池と電気自動車用の電池開発に努力し、一九九七年初めには水素電池自動車の試作までこぎ着けて二〇〇の試験走行に成功したそうである。この開発研究が愛国工場を生んだと言う報告はないが、ファインセラミックでは、「科協」の開発研究に商工人の支援を受けて平壌に愛国工場が建設されたことは『朝鮮新報』(六月二〇日号)紙で報道されている。
近代的市民社会への義務
日本の研究機関に勤務する朝鮮人研究者の「反米意識」の問題がある。一般的に日共系の科学者会議が多くの大学及び研究機関に組織され、日本人科学技術者の世界では反米意識が強く存在する。彼らは過去に米国の核保持には反対し、社会主義圏の核開発を「容認」してきた歴史を持っている。そして、科学者会議と「科協」は社会主義圏が存在した時代には姉妹関係を形成していた。彼らの持つ前近代意識が「科協」にも反映していると見られる。彼らの持つ前近代意識とは、近代市民社会へ忠誠を誓うことを「ブルジョア的」だと厭うことである。「科協」の存在理由と成っている「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」の認識こそ、その前近代意識の典型的表れであるが、それを批判出来る認識こそ最もブルジョア的である。科学者に求められるのは近代市民社会への忠誠であるが、それは多くの場合祖国と対立する。第二次世界大戦後に多くの科学者が平和運動に貢献した。それは世界の科学者が近代市民社会を守ることに意義を見出し、彼らの祖国の要請へ疑問を持ったからである。
今「科協」に求められているのは、近代市民社会への忠誠である。「科協」構成員が生活する近代市民社会に忠誠を誓わずに、核とミサイル開発に狂奔する北朝鮮に忠誠を誓っているとしたら、第二次世界大戦後、世界の科学者が求めてきた平和運動に逆行することになる。「科協」の大会報告を読むと、社会主義祖国北朝鮮が熱く語られている。「敬愛する将軍は、祖国で開催される科学技術祝典、全国科学者大会、科学院創立記念報告大会など、国家的な科学者、技術者の重要行事に我が科学者を必ず呼んでくだされ、主体科学技術に積極的に寄与することが出来るように導かれました」(前掲、一九九五年「学術報告会」)という中身が「先軍政治」であり、「軍事強国の建設」では近代的市民社会を保障する「平和」の維持と相容れないことになる。
今「科協」に求められているのは、「祖国」に向かっては、黄喆洪会長が進めている南北間の科学技術交流であり、南北が力を合わせて解決できる分野、環境や気象、科学技術用語の統一問題に取り組むことであり、研究活動の舞台である日本では、近代市民社会の安寧と秩序を守ることへの献身的努力であろう。近代市民社会へどのような貢献が出来るかで、今受けている攻撃が不当なものであれば、当然ぬぐい去ることが出来るであろう。言葉を変えれば「平和日本」建設への貢献が問われているのである。
(あべけいじ・技術史研究家)
参考文献
(1) 黄喆洪「在日本朝鮮人科学技術協会の対北韓科学技術協力経験」(韓国科学技術政策院『科学技術政策』(No.134・2002年4月刊)
(2) 李春根「北韓科学技術人材養成 体制の変遷及び特徴」(韓国科学技術政策院 『科学技術政策』No.134・2002年4月刊)
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