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朝鮮養殖漁業の展望 プリント メール
2009/10/20 Tuesday 16:46:05 JST

朝鮮養殖漁業の展望
安部桂司

亜細亜大学アジア研究所所報 第136号
(平成21年10月16日)

1:はじめに

北朝鮮の食糧事情の悪化を伝える幾つかの「調査報告」が出されている。その中の一つに「食糧事情悪化の原因」について専ら農業生産についてのみ論じているものがある。一国の食糧事情を論じる場合に、果たしてコメとトウモロコシの生産方法と収量をあれこれ論じるだけで充分であろうか?海に囲まれた日本の例に挙げれば分かるが、食糧事情には漁業問題も避けて通れない。食糧問題とは炭水化物だけが問題ではなく、蛋白質も重要であろう。北朝鮮はかつて漁業資源が豊かな場所でもあったことをあらためて想起したい。

北朝鮮に於ける九〇年代半ばの食糧危機には、稲作のアメリカイネミズゾウムシによる減収とイワシの回遊の途絶が影響した。アメリカイネミズゾウムシは農薬で退治出来るが、イワシの再回遊には時間が掛かるだろう。故に、北朝鮮では水産物の増養殖技術の導入による漁業資源の増大が不可欠と言える。


2、北朝鮮を養殖漁業の基地へ

ここで第二次大戦前の朝鮮での漁業をみておきたい。黄海道の海苔養殖、成鏡南道の牡蠣養殖は、一時期盛んであった。だが、黄海道側の海岸の遠浅と成鏡南北道の入り江に富んだ内湾は増・養殖海面として有望視されていたが、石油化学とステンレス鋼材に支えられた近代的養殖産業の発展から取り残されたままである。

a、ソガリ

鴨緑江、大同江、漢江から洛東江に至る朝鮮の大河は淡水魚の増殖適水域を形成していた。そのため朝鮮総督府は淡水魚の増・養殖では、ワカサギ、鯉の稚魚の放流と養殖者への配付を行っていた。しかし朝鮮総督府が一番狙っていたのは高麗桂魚(ケツギョ)の増・養殖業の確立であった。

日本人が桂魚と呼ぶソガリ(쏘가리)は体長が50㎝以上に成り、魚肉は引き締まって白く、小骨が少なく、淡泊な味で知られていた。朝鮮で好まれたこの淡水魚は、取り分け平壌でのソガリ料理として知られていた。このソガリの生態が明らかにされて行くのは、1930年代に入ってからである。研究された場所は大同江上流の成川であり、人工産卵から養殖池での養殖に目鼻の付いた時に日本は敗戦を迎えた。そのため稚魚の放流による増殖が中断されたままの魚種であった。

ソガリは“幻の魚”視されているが、日本が積極的に確立していた養殖技術を北朝鮮へ移し、平壌にソガリ料理店の再現を期待したいものである。

b、牡蠣

昭和10年代の牡蠣養殖の生産量は、一位が全羅南道、二位が成鏡南道、三位が慶尚南道、四位が平安北道、五位が黄海道であった。生産量では全羅南道と成鏡南道が拮抗し、五位の黄海道の10倍を越えていた。このことから、朝鮮における牡蠣養殖とは全羅南道と成鏡南道を意味したのである。

牡蠣養殖が北朝鮮で現在も行われていることは、「煮干しがき」として紹介されていることからもうかがえる(『朝鮮民主主義人民共和国 - 輸出商品型録1』・東アジア貿易研究会、1990年刊)。だが、今の牡蠣の養殖技術には石油化学に依拠する浮体、海面構築物を構築するステンレス鋼材が欠かせない。北朝鮮には海面漁業を発展させる「資本」が欠如しているのである。

c、海苔

海苔の栽培技術では当初(1920年代)には藁からシュロ縄、昭和に入って椰子繊維が使われるようになる。それが1950年代から化学繊維が使われるようになった。化学繊維はその持っている特長、すなわち嵩張らない、軽い、珪藻などが着き難いという特長から50年代後半から急速に普及した。海苔養殖業が化学工業の発展、石油化学との関連を深めて行くようになったのである。日本における石油化学工業の発展は「浮き流し」の養殖技術を編み出させ、海苔の産地の拡大を促すこととなった。

一方、韓国の海苔栽培は日本からの「浮き流し養殖法」を導入して発展した。だが黄海の海面状況に合わせて、その手法には改良が試みられた。それが黄海の気象、海況に合わせた「露出式浮き流し養殖法」である。この露出式浮き流し法とは、円筒形の発泡スチロールを網の両端に付けた方法で、潮の流れを利用しながら、網の一端を裏返すと、自動的に網が反転し海水から揚げられて干出が与えられ、網の汚れを落とし、病気の発生を押さえてくれる。一週間に2~3回網を反転させると海苔は丈夫になり、海苔の質を向上させ、生産量を上げるのである。

在日商工人が黄海道の将来性に目を付け、日本から浅草海苔の生産手法を運んでいると伝えられている。だが、発展が伝えられないのは、遠浅で干満差があり、潮の流れがよくて波の荒くない内海、湾が多い黄海道に合う「露出式浮き流し養殖法」を導入出来なかったからであろう。

d、サケ

石油化学工業の発達が海苔養殖を飛躍的に発展させたように、日本のステンレス鋼材は、小割式養殖技術を開発・発展させ、世界の海面養殖技術を一変させている。

ノルウェーから養殖サケが中国へ空輸されている。漢族は一般に淡水魚、取り分け鯉を好むことで知られているが、上海で養殖鯉の5~10倍の価格で「秋サケ」が売られていた(『朝日新聞』2005年2月26日号)そうである。秋サケとは河川に放流し秋に回帰したサケで、シロザケのことである。北洋漁業で沖獲りされた天然サケであり、天然モノのサケが市場を押さえていたのは80年代以前のことである。1980年代から養殖のサケが市場に出回る。生産量も当初世界で2万トンに達しなかったが、1990年には20万トンに達する。80年代にサケの養殖を牽引したのはノルウェーのアトランティックサーモンの養殖であった。そして、80年代後半から台頭し、90年代のサケ市場を圧倒したのが日本の業者による南米チリのギンザケ養殖であった。

中国という大きな消費地を背後に持つ成鏡南北道の海域(日本海)は、アグリビジネス化した国際資本が最も注目している海域でもある。何時の日に、日本海がサケの世界市場に登場するのだろうか?

3、展望

そして、ギンザケの養殖方法は高校の栽培漁業科の教科書に掲載されている程に一般化されている。淡水、海水の養成法があるが、日本では海水養成が一般的である。但し、カントリーリスクが云々される北朝鮮であるが、寒流の南下する東海岸海域の海水温、入り江、湾を多く抱えている立地から、投下資本を短期に回収できるギンザケ養殖は有望視されよう。さらに、その市場は回転寿司の盛行に伴って世界に開けているが、チリからも中国ヘギンザケが輸出されている現状から見て、北朝鮮東海岸での優位性は明らかである。台頭する中国経済は胃袋を大きくしている。海外から、北欧ノルウェーや南米チリからギンザケを運ぶより、北朝鮮から運ぶのが経済的優位であることは自明である。

漢族が好み、フランス料理にも欠かせないホタテ貝の養殖に付いて言及しなかったが、東海は最適のホタテ貝養殖海域でもある。ホタテ貝の養殖技術を移転し、北朝鮮との友好関係の回復を図るのも一理だが、国際的にアグリビジネス化しているサケ養殖業の展望は明るい。

(あぺけいじ・技術史研究家)

 
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