科協の名簿に拘泥しすぎると、重要な役割を果たしていると思われる人物を見過ごす……とは先日記したとおりだが、その例を一つだけあげてみよう。 (当ウェブサイト、NKTの至るところに伏せ字を「破解」する手がかりがあります。あと変な表現を見つけましたら、それは気のせいとあきらめるか、参考にしてください)
この世界(笑)の超有名企業にDという会社がある。何も伏せ字で書く必要もないのだが、そこは念のため。代表取締役を同胞就職情報センター所長がつとめ、役員の1人にハングル翻訳ソフト等を販売する在日IT企業社長が列している会社、といえばわかる方にはすぐにわかるだろう。ちなみにこのIT社長、博士号を持つ科学者であっても、科協ではないはずだ。科協が萎縮しきっている最中に、果敢にも北の民族科学技術討論会に出席されたのだから。 このD社、役員がころころ変わる。ついこの前までは長寿研究所に直結していたのではないかと思われる「驚異の知識人」氏がおり、D社の前身企業DK社の社長は「北のフォン・ブラウン」氏だった。 「北のフォン・ブラウン」氏には、年齢が一回りほど離れた、いわば「弟分」のような科学者がいる。「スモール・フォン・ブラウン」(SB)氏、とでもしておこう。 SB氏は先のミサイル連続発射の当日、7/5に万景峰92号で帰国。もちろん最初のテポドン当時も兄貴分と一緒に北へ頻繁に往復。兄貴分と一緒に北朝鮮のK合弁会社の社長・副社長の関係でもあるという。 で、D社なのだが、前身企業DK社→D社に変わったことで「内燃機関専門家色」は払拭された。D社の役員構成はそれこそ、誰でもいいというか、とりあえず表に出ても問題がなく、手の空いていそうな人を詰め込んだような様相を呈している……ただ1人を除いて。 SB氏が「科協1200人名簿」に載っているのかどうか、筆者には定かでない(兄貴分は科協中央の顧問)。ひょっとすると、科協東京の都下の支部の……たとえば忘年会や新年会などの連絡網の片隅に、ひょっこり名前が載っているのかもしれない。だが、それがどうしたというのだろう?そんな事実に、何かの意味があるだろうか。 意味があるのは、SB氏の存在自体。そのことを念頭に置いた上で、D社役員にかわらず座している人物を「張りつめた気持ちをほぐして、泳ぐような心で」見つめてほしい。おそらくこの人物は科協の名簿には載っていないはずだ。だが、別のところ……これは推測だが、とっても意外なところに結構、こういう人物の名前が載っていたりする。 さて。DK社のブラウン博士とSB氏、そしてもうひとり同姓の人物S3氏が役員を務める会社S社が、千代田区神田にある。頭文字はみんなSなのでややこしいのだが、ブラウン博士の名字もSなので、Sの3点セットご一行様がS社に集結している、というわけだ。S社が神田にやってきたのは昨年。その前は、例の白山の建物の中にあった。 S社の代表取締役を云々することには意味がない。目立つところには無難な人物を据えるからだ。役員は先に述べたとおりブラウン博士とSB氏、そして謎の人物S3氏なのだが、このS3氏なども、たぶん科協1200人名簿には出てこないかもしれない。 「北のミサイルは日本製」とはよく言われることだ。だがいくら優秀な技術者がいても、それだけでミサイルができるわけではない。物資の調達をはじめマネージメント的役割をこなしうる人物が中枢となってはじめてプロジェクトが動くのは、どこの世界も同じ。科学より商売……というわけではないが、科学者と一緒にいる商売のプロ、こういうのはたいへん重要な人物といえる。また、この種の人物は科協の名簿には出てこないはずなのだ。だって、科学者じゃないんだから。 ひとつ忘れないでほしいのは、北の「指示」が、科協を通じて個々の在日科学者に届けられる……なんてことは、まず絶対と言っていいぐらいない、ということだ。こと工作に及んでは、北とおのおのの在日科学者とは、直で繋がる。中間に総聯だとか、科協だとかの組織などを挟まないし、挟むわけもない。 産経の記事では、科協の話として「(本国と)数年前までいろいろな分野で共同研究していた。(警察の疑いは)事実無根で、技術転用を言い出すときりがない。一般論として科学技術がないと国は発展しない」とある。彼らの言い分はまったくその通りで、科協は祖国の発展のためにこれまで多大な尽力をしてきた。公然に、である。 だからといって、北の指示、工作指令が科協におりてくる、なんてことはない。そういうsensitiveな内容を、1200人もの組織にどうしておろすだろう。北は、科協を構成している科学者のうちの一部に、スポーツや芸術団体の構成員の一部に、あるいは商工人に、または「あえてどこにも属さない人々」に、直接的に指示を出す。 「愛国愛族主義」とは「在日に横のつながりは必要ない」ことをも意味する。「祖国だけを見つめ、祖国とダイレクトに繋がり給え」というわけだ。縦割り社会であることをわすれて、組織論で在日工作世界を捉えるのでは、本質は見えまい。
なお余談だが、「正論」誌2007年新年号は、編集部に申し訳ないのだがお断りさせていただいた。お題が筆者の最も不得手な領域のひとつ、つまり拉致問題だったからだ。めぐみさんは生きているのか?筆者は、彼女が健康で海外を往来していると信じている。信じるに足る状況証拠のいくばくかも得ている。だが、それは書けない。 当ウェブサイトではトップページ最上部に、夏より延々と朝鮮語で書いた「告知」を掲示している。この内容はいまでも十分に有効。筆者がいま言えるのは、それだけだ。 |