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韓国・北朝鮮間の技術交流 プリント メール
2005/11/02 Wednesday 01:15:02 JST
亜細亜大学アジア研究所所報 第108号
(平成14年11月20日)
韓国・北朝鮮間の技術交流
安部桂司


一、学術報告会

 小泉首相の平壌訪問後、拉致被害者が帰国したこの十月に、歴史的な朝鮮半島南北間の会議が持たれた。在日本朝鮮人科学技術協会(略称は科協)主催の学術報告会に韓国から十五人、北朝鮮から五人(この中の二人は在日朝鮮人帰国者)の科学技術者が参加したのである。この学術報告会は毎年開催され、二〇〇二年一〇月の報告会で四十二回を数える。

 第四十二回科協学術報告会が歴史的だと言われるのは、南北朝鮮の科学技術者が一同に会して統一したテーマで学術的討論をしたことにある。それに、主催団体は科協だが、今回後援団体に北朝鮮と韓国の政府機関及び科学技術団体が名前を連ねたことは注目される。従来は、例えば昨年は共催に在日本朝鮮人商工連合会、在日本朝鮮信用組合協会、朝鮮大学校であった。それが、今年は朝鮮大学校と商工連合会が共催団体でなく後援団体として名前を連ね、北朝鮮の科学院、植物学研究所、中央科学技術通報社の三団体が後援団体として出ているのである。シンポジウムの発表者の肩書きを見ると科学院科学参事と科学院植物学研究所研究員、科学院中央科学技術通報社処長などと記載されている。植物学研究所、中央科学技術通報社の何れも北朝鮮科学院傘下の組織であるので、参加団体としては三組織と見た方が適切であろう。

 それは韓国から参加した、大韓民国科学技術部・自生植物利用技術開発事業団、韓国科学技術情報研究院、韓国科学技術政策研究院の三団体に数を合わせたと見られるからである。ちなみに韓国の発表者の所属する組織名は、ソウル大学教授、韓国生命工学研究院責任研究員などであり、必ずしも後援団体名と一致しない。

 民族の統一を願う学術報告会として、シンポジウムも「統一科学技術シンポジウム」と謳われており、二つの会場で開催された。一つが「我が国の自生植物の保全と開発利用」であり、もう一つの会場では「南北科学技術情報データベースの共有と協力」となっていて、まさに「統一」を象徴するテーマである。

 今年の会議に南北科学技術者が参加するに至ったのは、二〇〇〇年六月十五日の南北共同宣言の採択が契機と成っている。この共同宣言の後、北朝鮮では科学技術に依拠した「強盛大国」の建設が叫ばれ、電子工学、生物工学など先端技術を発展させることが強調された。だが、一般に北朝鮮の科学技術水準は、経済事情と密接に関連して低い水準に留め置かれていた。その中でも、基礎研究分野は北朝鮮の科学技術政策と関連して重要視されていないために、遅れが目立っていた。北朝鮮の自然科学の研究が低い水準に置かれているに付いて、研究施設の立ち遅れに原因を求めることは容易である。

 しかし、主要な原因は北朝鮮の研究管理体制にあると見られている。それは研究管理にも労働党支配が貫徹し、そのため官僚化が進んでおり、科学者の待遇が業務量の少ない行政職員(党官僚)に比べて落ちることに表れている。その上科学者は『労働新聞』から金日成、金正日の著作文献の学習に時間を割くことが要求され、そのために研究時間が制約されている。何しろ、科学者は金日成、金正日の「労作」を理解すれぱ良いだけはなく、全て暗記することも要求されているのである。勢い、北朝鮮では既に知られている科学的成果(国際的には衆知の事実)について、角度を少し変えて実験し、研究成果として発表することになる。或いは科学技術先進国である日本から「科学技術文献」を大量に導入し、科協と共同研究を行い日本から「技術移転」を図ることで補完している。

 そのため六・一五共同宣言が契機になった南北の技術交流と言っても、内容は韓国からの対北朝鮮科学技術協力・「研究支援」となりがちであった。その結果「主体性」を強調する北朝鮮側の科学技術交流への「萎縮」が、ここのところ顕著となっていた。それ故、科協が主催した学術報告会に北朝鮮側の参加があったことは注目されたのである。そして、シンポジウムのテーマも北朝鮮が「主体性」を発揮できるテーマでもあったのである。


二、「lT分野における共同研究」

 科協の学術報告会で、南北の科学技術情報の共有と協力が議題として取り上げられたことは、画期的なことであった。それには、南北が分断して半世紀が経過し、進行する技術革命の中で使用する科学技術用語の差異が顕著になっており、その統一が叫ばれ出した背景もある。

 実は平壌で一九八六年に刊行された『電子計算機プログラム用語辞典』は韓国のコンピュータ関係者に大きなショックを与えたことがあったからである。それは余りにも韓国のコンピュータ技術用語と異なり、日本の用語に近いモノであったからである。韓国はコンピュータ関連用語が英語原文の発音をハングル化して使っていた。一方北朝鮮では、ハングル化する代わりに日本語を通して「母国語」に直したモノが多かったからである。

 北朝鮮のコンピュータ、パソコンの大半は日本製であり、その技術導入は科協を通して行われている。その日本製のパソコンを動かすには、日本語のマニュアルを朝鮮語に翻訳して用いられた。勢い「漢字語」化して朝鮮語に翻訳された。

 北朝鮮はその国策として「反米」であり、技術用語を英語直訳の韓国方式を採用する訳には行かなかった。英語が日本語化した技術用語を朝鮮語に翻訳した方がまだ「ウリナラ(朝鮮)」式に響いたのである。更に、「主体性」を発揮するために、日本では英語をカタカナ語化して使用している場合でも、一旦「漢字語」化して朝鮮語に翻訳した。勢い、北朝鮮の科学技術用語、その中でも先端技術用語は科協が大半作成したと見られる。むろん、科協の朝鮮語への翻訳に労働党の指導が入っていたと見るのは常識である。

 ショックを受けた韓国側は、その後北朝鮮のIT関連情報の収集に努力する。そして九〇年代後半の韓国の対北朝鮮IT関連情報収集で、神田のレインボー通商が役割を果たした。その成果を受けて韓国側は、IT分野での南北交流による「技術用語」の統一を模索することとなったのである。

 六・一五南北首脳会談以後、様々な分野で南北の交流が始められたが、その中でもIT分野が活発であった。それには南北双方がIT分野の重要性を認識していたことが大きい。それに北朝鮮側が、劣悪な経済を回復する一つの手段としてIT産業の育成を選択したことも感じられる。むろん、ワッセナーアレンジメントの制約で高性能機材の輸入が難しく、資本もかかるハードウェア産業より、労働力だけで「製品」を作れるソフトウェア産業に傾注したことが影響した。

 北朝鮮が新産業の育成でIT分野を重視し、韓国との技術交流を進める一方、それを受けて韓国のIT産業関連企業も積極的に協力するようになった。それは北朝鮮のソフトウェア技術の優秀さが認識されだしたからである。その過程で、在日朝鮮人出身の李秀洛教授の存在がソフトウェアの開発と技術者教育の業績で韓国に知られた。李秀洛教授は南北技術交流を進める北朝鮮側の中心人物の一人でもある。


三、農薬技術交流

 九〇年代に大同江の河水分析を行ったところ、農薬成分が検出されなかったと言う報告がある。北朝鮮は化学兵器開発との関連で農薬製造技術が進んでいると見られがちであるが、こと農薬の製造では開発途上国である。それは一九八八年に北朝鮮に侵入したイネミズゾウ虫を駆除出来ず、九〇年代に入って流行したことでも分かる。北朝鮮の化学技術力では三井東圧化学(株)が開発したイネミズゾウ虫の駆除剤である「トレボン」を複製出来なかったのである。北朝鮮では、二・八ビナロン工場、本宮化学工場、華城化学工場などが農薬を製造している工場である。何れの工場も旧日窒傘下として朝鮮総督府施政下で建設されている。これら農薬製造工場に関し、韓国側は幾つかの問題点を提示している。その一つが、製造技術が立ち遅れていることであり、二つには原料面での不足と使用している原料の質に問題がある、との指摘である。韓国側はこの他にも幾つかの問題点を挙げている。それは、化学兵器生産(毒ガス)へ主要部分が廻されて居るのではないかという疑いや、施設の老朽化が進んでいる点などであった。

 食糧不足で飢餓が発生したと言うニュースに韓国は素早く反応した。北朝鮮への食糧支援は元より、飢餓発生原因である農業不振への対策として肥料と農薬の支援を申し出たのである。そして肥料については韓国政府が支援し、農薬では現代峨山(株)が中心になって北朝鮮側に病虫害の実態調査、農薬実態調査、韓国産農薬の北朝鮮農地へ適用試験研究を提起した。それに対し北朝鮮側は、共同研究よりも韓国からの農薬支援に関心を持った。紆余曲折があって、二〇〇一年になって農薬を韓国側が毎年提供し、北朝鮮側は人材を供給して薬剤試験を行うことが協議された。その結果を受けて、韓国の農薬製造メーカから提供された農薬を、四月に北朝鮮の十六箇所の共同農場と試験圃場で使用し、良い結果を出した

 この結果、北朝鮮で発生する病虫害の実態を把握し、韓国で開発された農薬を試験し、北朝鮮の作物と農法及び気候風土に適合した農薬の選別が可能に成ったのである。

 韓国では、北朝鮮への農薬支援を遂行するについて北朝鮮側から、「物資の数を充分にしなければならない」とか、「支援を継続させるにはそれが強力な利得を北に提供するようでなければならない」とか、さらに「支援した韓国側が支援で効果を発揮していると言ってはならない」とか言われているそうである。だが、そう言われても韓国が北朝鮮に農薬を供給するのは韓国とほぼ同程度の農地を有する北朝鮮の農薬市場を将来に渡って押さえて行くには欠かせないからであった。つまり、先行投資であった。このまま推移すれぱ、日朝交渉の進展如何では「トレボン」を先頭に日本の農薬が使用されて行くことになるであろう。だから、ほとんど農薬を使用しない北朝鮮の農地に、韓国としては今出て行かざるを得ないのである。


四、最近の科学技術交流

 IT 産業から北朝鮮が不足している農薬まで、韓国産業資本は南北首脳会談以降、積極的に支援という先行投資を始めた。それには、日朝交渉の進展で日本から経済支援が行われれば、それに伴い北朝鮮の科学技術がもろに日本の影醤を受けることへの警戒心が下地となっている。更に日本が環境ODAと言う形で経済支援を進めれば、韓国は同一民族と言いながらも、北朝鮮に韓国と異なる技術体系を形成されると言う危機感を抱いたのである。

 韓国政府はスーパートウモロコシと人工種ジャガイモ、コンピュータ教師養成、北朝鮮地域適応型農薬試験など南北共同研究を進める一方で、北朝鮮の科学技術情報の収集と学術調査活動も始めた。このため、韓国政府の科学技術部は二〇〇〇年度から特定研究開発事業費を「南北交流協力事業費」として支援し出した。

 だが、最近になって曲折する情勢の推移によって、南北の科学技術協力は政府次元では萎縮したとの指摘もある。さらに民間でもITなど幾つかの事例を除いて大部分が足踏み状態に陥ったそうである。その原因として、科学技術協力に対する北朝鮮側の消極的な対応が挙げられている。その上、科学技術交流を求める韓国側の要望を受ける北朝鮮側の窓口が一元化していないことも重なって、徒に韓国側を消耗させている。

 成功事例としてあげられているIT分野に関しても、地域と対象企業の偏重で多様な経験を蓄積出来ず、協力内容も人材育成などの初歩的な段階に留まり、先端技術の移転に繋がっていないとの指摘もある。つまり韓国側が北朝鮮のIT市場を包括的に掌握できないでいるのだ。それには北朝鮮側が知的財産権などの法的・制度的保護を未だに保障する措置を採らないことが大きく影響している。

 これは北朝鮮側の立場では、もし知的財産権を法的・制度的に保護する措置を採れば、遅れている北朝鮮が知的財産権で韓国に押さえられてしまう危険があるからであろう。従って、韓国側も相互信頼を土台とした果敢な対北朝鮮投資を決定出来ないでいる。それに先端技術の移転では安保問題も重なって、より抑制されている。相互信頼に基づかねぱ成立しない先端技術の移転が「知的財産権」と「安保問題」で、相互不信の壁に突き当たっているのである。

 そこで韓国政府は南北科学技術交流を活性化させるために、日本の優れた技術を北朝鮮へ移転することに努力してきた在日朝鮮人の科学者組織、在日本朝鮮人科学技術協会(科協)に着目したのである。科協の支援が北朝鮮の技術用語を韓国と異なる、日本の影響を受けたモノへ変質させている点も見逃せないが。

 科協の技術移転の実績は、幾つかの共同研究で伺うことが出来る。例えば、コンピュータ教育では、平壌情報センター、朝鮮コンピュータセンター、平壌コンピュータ技術大学との間で行われている。更に農薬など精密有機合成に関わる共同研究では、「殺虫剤と除草剤及びビナロン用染料の合成研究」が成興分院有機化学研究所との間で行われている。

 先端技術に関わる半導体分野では、金日成総合大学物理学部、金策工業大学集積回路研究所、科学院電子工学研究所との間で行われ、多孔質珪素半導体の光発光と電気発光素子に関する研究が進められている。

 韓国政府筋は.二〇〇一年十二月に北京で科協の参加を求めて「二十一世紀東北アジアと南北科学技術交流活性化」のワークショップを開催した。この北京での開催には在中国朝鮮人科学者も参加したが、北朝鮮からの参加は無かった。さらに、韓国側は北京で二〇〇二年九月に「北韓科学技術の理解セミナー」を開催した。これらのワークショップによって、科協が韓国の科学技術政策研究院や科学技術情報研究院などの公的機関と連携したことになる。むろん、科協の内部に異論が生じたことは予測される。

 これを受けて科協は、北朝鮮を訪問し科学院をはじめとする関係部署と、科学技術情報研究院や自生植物利用技術開発事業団で作成された南北科学技術交流計画案を示して討議を進めた。その結果、十月の学術報告会へ南北の科学技術者が参加することと成ったのである。

 韓国側が科協の主張する「横向式接近方式」を受け入れたのは、科協の北朝鮮への科学技術移転の実績を高く買っているからである。ここで言う「横向式接近方式」とは海外に暮らす同胞科学者、技術者たちの役割を意味し、政府が関わる「下向式接近方式」、民間が関わる「上向式接近方式」に対比する概念である。そして朝鮮半島での南北科学技術交流において在日朝鮮人が主導的役割を果たすことが出来たについては、一つには韓国側も認める日本からの技術移転の実績と、日朝交渉の進展が背景にあると推察されるのである。


五、南北民間交流の活発化

 韓国と北朝鮮政府間の対話が滞るなかで、技術を中心とした交流は二〇〇二年になって活発化の兆しを見せた。その一つに韓国平和自動車と北朝鮮の合弁「平和自動車総会社」の設立がある。四月に南浦市に工場を竣工している。二つは、六月に韓国の情報通信関係の企業代表団が北朝鮮を訪問し、携帯電話と国際電話事業を共同で推進することで合意している。同じ六月には共同で設立する平壌科学技術大学の建設工事に着工している。だが、この活発化を韓国国.民の多くは「南北技術交流は北朝鮮の利益になるだけ」と冷めた見方をしているそうである。

 しかし、韓国側はこれらの技術交流を通して、日朝平壌宣言の中の「民間経済活動を支援する」とある言葉に盛られた内容へ踏み込んで行っているのである。


六、参考文献

1:「朝鮮での科学技術発展状況及び南北間科学技術分野での交流協力活性化方案」インミヨン(吉林大学韓国学研究所)
2:「IT分野南北共同研究の実現」パクチャンモ(浦項工科大学校コンビュータエ学科教授)
3:「南北韓での農薬技術交流経験」キムデファン(韓国化学研究院生理分子合成研究チーム長)
4:「北朝鮮政策動向」(No.332、ラジオプレス、2002年6月30日発行)


(あぺけいじ・前(財)化学技術戦略推進機構筑波管理事務所所長)


 

 
 
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