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[初公開] アメリカの「ラジオ戦争司令部」RFAの正体 効果満点の対北朝鮮圧迫カード、金正日の没落を狙う (新東亜2003年9月号記事。Vladimir訳。原文はこちら)
北朝鮮へ送信するラジオをめぐり政府と保守団体が神経戦を繰り広げるなかで最近、米政府が放送時間の延長を決定した対北放送RFAに関心が集中している。 国内言論では初めて公開されるRFAソウル事務所関係者へのインタビューを通じて調べた「ラジオ戦争司令部」の実体。
RFAとは自由アジア放送(Radio Free
Asia)の英略字だ。近頃この放送が言論にしばしば取り上げられている。アメリカの連邦政府機関である国際宗教自由委員会(USCIRF)はさる6月
12日、北朝鮮内の人権改善のために米政府が圧力を加えることを促す「対北朝鮮政策勧告案」をブッシュ大統領とコリン・パウエル国務長官、米議会に提出し
た。主要な提案事項のひとつがRFAを拡大改編する方案。さらにRFAを終日放送に拡大しようという主張が米政界から流れ出ると、7月16日に下院は共和
党のエド・ロイス(Royce)議員などが提出した「2004-05対外関係授権法案」を通過させた。法案には、RFAの韓国語放送を現行の4時間から
24時間へと延長する内容が含まれている。果たしてRFAとはどのような放送なのだろうか。
よくRFAは「対北朝鮮放送」
として知られているものの、これは正確な表現ではない。RFAは現在、中国北京語、広東語、ウイグル語、チベット語、ビルマ語、クメール語、韓国語、ラオ
語、ベトナム語、英語など10カ国語にて放送されている。これらの言語をおもに使用する国家を調べてみると、中国、ミャンマー、カンボジア、韓国、北朝
鮮、ラオス、ベトナムなどである。これらの国の共通点はまずアジアに位置しており、大韓民国を除外すれば言論の自由が十分に保障されていない国という点で
ある。
RFAは言論の自由がないアジア国家の住民たちのために、その国の言語で国内ニュースと情報を提供することを任務と
している。すなわち、該当国家に言論の自由が十分に保障され、自由に国内ニュースが報道されるようになる日まで、RFAが「代案放送」の役割を担当すると
いうのだ。したがってRFAの韓国語放送の内容は韓国を対象にするのではなく、明らかに北朝鮮を対象としているため「RFAの韓国語放送」を対北放送と呼
んでも、あながちはずれではない。
短波ラジオ、韓国にだけない
RFA
放送を韓国で聞くのは容易ではない。現在、RFA韓国語放送は韓半島時間で朝7時~8時、夜11時~翌日の明け方2時まで放送されている。だがこの時間に
家庭用ラジオのチャンネルをいくら回しても、RFAの音声を聞くことはできない。短波で放送されているためである。
ラジオ
の電波は中波、短波、超短波に大別することができる。われわれがしばしばAMと呼ぶ放送は中波、FMは超短波を利用している。AM、FM放送は音質が鮮明
であるという長所があるものの、遠距離への送出が難しいという短所がある。その反面、短波は混信と雑音が多いものの、理論的には全地球を包括できるほどの
遠距離送出が可能である。したがって国際放送用の電波として脚光を浴びており、領土の広い中国、ロシア、カナダなどでは国内放送用にも利用されている。
短
波放送を聞くためにはAM、FMのほかにSW(Short
Wave)という周波数領域を備えたラジオが必須である。現在、国内ではこうした短波ラジオは生産されていない。軍事政府時代、北朝鮮放送の聴取を防ぐと
いう理由から、法的規制ではないものの行政的な規制を通じて短波ラジオの生産を制裁したためである。
文民政府以後、各種の
規制を廃しつつ短波ラジオに対する制限も廃止されたのだが、すでに国民のあいだには「短波」に関する記憶が完全に消えてしまった後であり、生産収支が合わ
ないため国内企業では短波ラジオを生産していない。現在、国内で流通する短波ラジオは日本、ドイツ、中国など外国産である。こうしたわれわれの実情とは異
なり、世界的には生産されるラジオの60%以上で短波の聴取が可能だ。
短波放送は電波干渉と電離層の影響のため、周波数を
しばしば変更せねばならない。RFAもやはり年に1回ほど、周波数を変更している。現在は648、7210、7380、15625、11790、
13625KHzなどの周波数帯を使用しているが、ラジオのチューニングダイヤルを回しながら韓国語放送が聞こえる位置で止め、放送局の名前を確認したほ
うが、より正確である。 (訳注: http://www.rfa.org/front/progsched.htmlで調べるのが最も正確であろう)
こ
うした点で、RFAはアメリカの代表的な対外放送の「アメリカの声」(VOA・Voice Of
America)と区別される。アメリカの声が米政府の立場とアメリカ的価値観を全世界に伝播するのを目的とするならば、RFAはアメリカの立場から大き
く離れ、該当国家のニュースを客観的に伝達することに重点をおく。RFA韓国語放送だけ見ても、最初の10分ほどはその日の北朝鮮関連ニュースをブリー
フィングするように簡単に報道し、残りの時間はニュース解説と深層分析、論評などを放送している。それゆえRFAの対象になる国家の政府としては、アメリ
カを代弁する雰囲気が充満するVOAよりは、RFAのほうがはるかに「脅迫的な」放送に他ならない。
中国と北朝鮮の反発
RFA
が初めて電波を発したのは1996年9月29日。開始は中国語放送であった。30分だけの放送だったが、中国政府は激しく反発した。「中国に言論の自由が
ないからその空白をわれわれが埋める」とは、国際社会に向けての「恥さらし」ものであり、放送のおもな製作陣が中国で反体制運動をしアメリカに亡命した人
々だったためである。中国共産党の機関紙「人民日報」は直ちに「米中央情報局が生んだ冷戦時代の雑音」とし「明白な内政干渉」と非難して、翌年からは妨害
電波を発射しはじめた。
北朝鮮も激烈な反応を見せた。1997年3月、RFAが韓国語放送を開始すると、北朝鮮の官営「中
央通信」は「アメリカが挑発的に自由アジア放送の朝鮮語放送を送り出しはじめた」としながら「これは我々(北朝鮮)に対する敵対視政策と圧殺政策を捨てぬ
どころか、より一層露骨化する道へと向かっていることを示している」と主張した。また内閣機関紙「民主朝鮮」を通じ、RFAを「アメリカの思想・文化的浸
透策動」と規定し、住民たちに各種ブルジョア思想の流入を徹底的に警戒することを促すなど、北朝鮮は機会があるごとにRFAに猛攻撃を浴びせている。
ヨーロッパで立証されたラジオの威力
中
国、北朝鮮などRFA対象国家の政府が敏感にならざるを得ない理由は、RFE(Radio Free
Europe)の悪夢のためだ。現在、チェコのプラハに本部を置くRFEもまた、米政府の支援を受けるラジオ放送である。RFEは1951年、西ドイツの
ミュンヘンから、ソ連および東ヨーロッパの社会主義圏国家を狙って放送を開始した。「自由の松明」と呼ばれたこの放送は、姉妹放送のRL(Radio
Liberty)とともに冷戦時代、ヨーロッパ各国の言語でニュースと情報を提供し、1980年代後半における社会主義国家のドミノ式崩壊を誘発するのに
決定的な役割を果たしたとの評価を得ている。
当時、東ヨーロッパ国家の住民たちは国営放送よりRFEに一層の信頼を寄せ楽
しみながら聴き、自国で行われている民主化運動の情報をRFEを通じて速報で聴いては速かに行動することができた。1991年、保守強硬派のクーデターで
しばらく失脚したゴルバチョフも、RFEを聞きながら国内外の状況を把握していたと伝えられる。民主化運動が成功して政権を取ったチェコのハベル大統領は
2001年、RFE開局50周年を迎えたこの放送を「本当のメッセージだ」と称賛することもあり、旧連邦議会の建物を無料で譲渡し、RFE本部をドイツの
ミュンヘンからチェコのプラハへと移るようにしつつ「プラハがRFEの基地に選ばれたのはチェコの名誉」と持ち上げるほど、厚い信任を表明した。
ソ
連が崩壊し東ヨーロッパの社会主義国家もやはりつぎつぎに政権が交代するにつれ、米政府がRFEに注ぐ情熱は自然と下がっていった。そのためクリントン政
権はRFEを中断するはずだという話が出てくることもあったのだが、結果はむしろRFAという新しい放送を追加することであった。東ヨーロッパに民主主義
が拡張されたものの、あいかわらず民族紛争と人権蹂躙は続いており、冷戦時代に生まれた愛聴者たちの意志を無視できないからである。実際にRFEはユーゴ
スラビア内戦当時、戦闘状況を詳細に伝達しては再度その機能を立証し、ロシア軍がチェチェンで行なった人権蹂躙を重点報道してはロシア政府との摩擦を生じ
させた。RFEはあいかわらず26カ国語で放送されており、約3500万名の聴取者を確保している。
RFEのアジア版であ
るRFAは1994年、アメリカ議会により設立されたが、1996年に民間会社として独立した。商業的な放送でないため、予算は米議会の支援金に全面的に
頼っているものの、放送内容については徹底的に独立的だ、とRFA関係者は強調する。アメリカ政府の放送とは見ないでほしい、ということである。
RFA
ソウル事務所にて特派員として勤める李スギョン氏は「取材の途中でわかったのは、RFAをアメリカの『大韓ニュース』のように思っている方たちが多いよう
で、惜しい」と語る。知ってのとおり大韓ニュースとは、かつて政府が国政広報用に製作し、映画館で映画上映の前に映していた報道物である。李氏は「RFA
の編成原則を知ろうとするなら、私の一日を見ればよい」と、自らの一日の生活を紹介した。
朝に出勤した李氏は一番最初にオ
ン・オフラインを通じて新聞を読む。北朝鮮関連のニュースは欠かさず読み、北朝鮮関連のインターネットサイトもすべてチェックする。その中で北朝鮮住民た
ちに必ず知らせなければならないニュースを選定し、その日の取材対象を定める。その内容をワシントン本社にいる韓国語放送担当者に報告し、内容と関連した
指示を受けてから取材現場に飛び込む。台本を作成して音声を録音し、これを本社に送るところまですべてが記者の役割である。これまで記事内容と関連した修
正を要求されたり、放送されなかったことは一度もなかったという。
「わたしたちが神経を使う対象は北朝鮮住民であり、アメ
リカ政府や議会ではない。北朝鮮住民たちにどれほど客観的かつ正確な情報を提供するかが最も重要であると感じる。たとえば『最近、中朝国境地帯における脱
北者の摘発が緩和された』と報じてもこれが事実と異なるのであれば、RFAの報道を信じて移動した脱北者たちの安全が危険にさらされる。まさにこうしたこ
とを案じ、正確な報道がわたしたちの使命であると感じている」
RFAには10カ国語の放送に、約240名以上の記者が活動
している。このうち韓国語放送を担当する記者は14人。ワシントンに本社を置きソウル、香港、プノンペンに特派員を派遣している。ソウル事務所には現在、
李スギョン記者と行政業務を管理する李ヒョンス氏が勤務中である。特派員は順番を決めて3ケ月ごとに戻ってくる。世界各地から集められた記事はワシントン
に集合し、1時間の分量の放送物として製作され、地球上の衛星へと送られる。衛星は世界各地にいる送信局に放送内容を再送信し、アジア各地に向かって放送
される。送信局の位置は公開されていないものの、モンゴル、ロシア、フィリピンなどにあることが知られている。
放送時間の延長は外交的圧迫手段
現
在、RFA韓国語放送は一日に4時間放送される。朝1時間、夕方3時間である。放送内容は朝と夕方とは異なる。夕方には1時間の分量の放送内容を三回、再
放送する。したがって実際には現在、韓国語放送は一日に2時間放送されているわけである。放送時間は言語によって少しずつ異なる。現在、北京語放送は一日
に12時間、チベット語は8時間、その他の言語は2時間ずつである。このような理由として「韓国語放送を24時間に延ばす」という米議会の決定は破格とい
える。
アメリカは、RFAが電波発射の対象にしている国家との葛藤が高まった場合、該当言語の放送時間を延ばす法案を通過
させることにより、外交的な圧迫手段として活用してきた。このような方法はこれまではおもに中国との関係で明らかになった。チベット・台湾との領土紛争、
法輪功、武器輸出などで中国政府と摩擦を生じていた1997年、米議会はRFA中国語放送を終日放送に拡大し予算を増額する法案を通過させ、中国政府の反
発を買った。RFA中国語放送はこのような方法で30分で1時間、2時間、5時間、そして現在の12時間へと順次増ええてきたのである。
RFA韓国語放送を24時間に拡大する今回の法案も、やはり北朝鮮の0核問題をめぐって北米間の対立が尖鋭化された時点で、アメリカが切った対北朝鮮圧迫カードである、というのが専門家たちに共通する見解だ。
RFA
韓国語放送を24時間に拡大する法案が通過されたからといって、直ちに「24時間対北朝鮮放送」体制に転換するわけではない。RFA側はこれに対してまだ
明確な立場を明らかにしていないものの、アメリカ「北朝鮮人権委員会」の一関係者は「24時間放送とは毎時間ごとに別の番組を一日中放送することではな
く、現行1時間分の反復放送を漸進的に拡大することだ」とし「このような反復する(repeatedly)放送であるならば、いますぐにでも実施できる」
と予想した。専門家は「その程度の措置だけでも、北朝鮮政権には大きな圧迫要因となる」という。いったい北朝鮮住民たちにRFAが及ぼす影響とは、どの程
度のものなのだろうか。
RFA関係者たちは「RFAが送出する10カ国語放送のうち、聴取者の反応を最も把握するのが難し
い放送が韓国語放送、まさに北朝鮮」と語る。単純に「難しい」という程度ではなく、フィードバックシステムにおいて質的な差が現れるということである。た
とえば中国語放送の場合、中国政府はRFAに対する警戒を続けているが、電子メールと手紙を通じて聴取者たちの所感が入り、甚だしき場合は電話での現地イ
ンタビューまでしている。チベット、ベトナム、ミャンマーもやはり事情は大きく異ならない。RFAがチベット語放送をはじめてから、チベットの最大都市ラ
サでは短波ラジオの販売数が増えたという報道まであった。ミャンマー語放送ではアウンサン=スーチー女史のインタビューと演説を電話中継することもある。
し
かし北朝鮮では住民たちがインターネットに接続することができず、アメリカに手紙を送ることもできず、電話での通話もやはり不可能なので、RFAの他の言
語放送が実施しているこのようなプログラム運営は夢のようなことである。さらには住民たちがラジオを購入しても、安全部(警察署)へ赴いて申告し、官営放
送に周波数チャンネルをハンダ付けしてはじめて使用することができるため、そもそも国外の放送の聴取自体が不可能である。RFA関係者の話だ。
「と
きどきワシントンに北朝鮮住民の手紙がやってくる。もちろん中国にいる脱北者たちが送った手紙だ。ワシントン本社のアドレスをいったいどのように知ったの
か、、乱雑で不慣れな英語のスペリングで書かれた、ときには住所がまったく違う手紙が、私書箱番号一つだけでわたしたちに届けられる。わたしたちと聴取者
とを繋ぐことができる道は、いまのところこれだけなのだ」
もちろん韓国の読者はRFAのインターネットホームページ( http://www.rfa.org)
を通じて、ワシントン本社の住所を直ちに調べることも、記事の内容をテキストで読むこともでき、過去の放送をもういちど聴くこともできる。しかし中国は自
国の体制の安定と関連するインターネット・ホームページの接続を基本的に遮断しており、RFAもそのような禁止されたサイトのうちの一つである。中国では
RFAのホームページには接続できないのだ。
したがって脱北者たちは、RFA放送の最後にアナウンスされる「放送に対する
ご意見ご感想は、2025 M Street
NW…」ではじまるワシントン本社のアドレスを聴き取って書くしかない。英語教育を受けていない北朝鮮住民たちの立場で、毎日のように受信するとしても聴
き取って書きとめるのは難しいと思われるにもかかわらず、「いつも聴いている」「有り難い」「助けてくれ」という内容の手紙がしばしば舞い込む。手紙を読
む都度、韓国語放送の製作者と記者たちは目頭を熱くするという。
何人が聴いているのかはわからないけれど
RFA
以外の対北放送として、よくKBSラジオの「社会教育放送」とキリスト教布教を目的とする「極東放送(FEBC)」「希望の声放送(AWR)」「北方宣教
放送(TWR)」などが挙げられる。対北放送とは見なされないものの、韓国語で放送される「NHK韓国語放送」と「中国国際放送」「ロシアの声」などもあ
る。
脱北者らによれば、北朝鮮当局はあいかわらずラジオを徹底的に統制しているのだが、ダイヤルの封印をはがしたり、絶対
に当局に申告せずに国外の放送を聴く住民が多いという。特に1990年代中盤の食糧難以後、社会秩序が崩壊しながら中国を通じて外国産ラジオが大挙して流
入し、外部の放送を聴取する人々が大幅に増加したという。問題はこれを正確に測ることができないという事実である。
RFA
はアメリカの放送評価会社である「インターメディア(Intermedia)」を通じて、韓国に亡命した脱北者を対象として聴取経験および放送への所感を
定期的に調べ、プログラム編成に反映する。2002年の調査結果によれば、北朝鮮の大卒以上のエリートのうち半数ほどがRFAを聴取した経験があるとい
う。社会教育放送の調査結果はよりいっそう具体的だ。社会教育放送が開局55周年を迎え、脱北者を対象として実施した聴取状況調査で、設問に回答した脱北
者103人のうち69人(67%)が「北朝鮮にいるとき、(社会教育放送を)聴取したことがある」と回答した。このうち42%は「一週間に1、2回聴い
た」と答えたことが、社会教育放送が北朝鮮住民たちのあいだに幅広く聴取されているという証拠として提示された。
しかし実
際の脱北者たちの見解はこれとは異なる。社会教育放送の設問に参加したことがある「脱北者同志会」の金成民事務局長は「調査サンプルをいかなる基準で選定
したのかわからないが、北朝鮮住民の67%が韓国の放送を聴いた、というのは信じられない」と語る。人民軍大尉として宣伝部隊の作家であった彼は「一般住
民たちのうち、ラジオを持っている人の数もその数字には及ばない」としながら、彼自身が推定するなら「5%程度が聴いていてさえ、すごいことだ」と語っ
た。
平壌出身の脱北者、ユ・ジソン氏は北朝鮮で10年以上、外部放送を聴いていた人物だ。1988年、ソウルオリンピックが進行する様子をラジオを通じて知っていたという彼は「放送があまりもおもしろいので、聴きはじめの頃は寝食を忘れて聴いていた」と回想する。
「外
貨商店で日本製の三洋(Sanyo)ラジオを、外貨と交換した金票(北朝鮮で外貨のかわりに通用する特殊貨幣)200ウォンを払って買った。当時、労働者
の月給で10年分に相当する金額だ。これをテープレコーダーとして申告しラジオについては申告しないまま、こっそりと聴いていた。面白さでは社会教育放送
であり、報道の客観性はNHKの韓国語放送を最も信頼した」
ユ氏もやはり「最近の北朝鮮内部がどのように変化したかについ
てはわからないが、北朝鮮住民たちの間で外部の放送を聴取している比率は10%未満である」と語った。RFA韓国語放送がはじまる以前に北朝鮮を脱出した
彼は昨年、亡命した家族を通じて「近頃ではRFAがNHKの役割を代行している、と伝え聞いた」という。
ラジオを聴いて脱北を夢見る
北
朝鮮でずっとRFAを聴いていた脱北者、崔ギスン(仮名)氏は「短波放送は高層の建物が密集する地域では電波障碍が深刻でよく聴こえないのだが、北朝鮮の
農村の家屋はほとんどみな平屋であるため、韓国で聴くよりもはるかに鮮明に受信できる」としながら「数年間聴いたが、わたしが外部の放送を聴いているとい
うことは妻と母しか知らないほど、北朝鮮でのラジオ聴取は『命がけの問題』であった」と語った。情熱的な労働党員である父のせいで、隣室に音が漏れないよ
う真夏にも厚い綿布団をかぶって、汗水を垂らしながら聴いたそうである。
RFA関係者は「北朝鮮内の聴取者が少数であろうと、RFAが存在しなければならないのはまさにこのためだ」という。「RFAがなくなるときは、北朝鮮住民たちがこれ以上RFAを聞くべき必要がないときだ」という説明である。
北
朝鮮人権団体「拿捕脱北人権連帯」のト・ヘユン事務所長は「社会教育放送の調査結果は、北朝鮮住民全体の中で外部放送を聴いた人の比率ではなく、脱北者の
中で外部放送を聴いた人の比率だ。脱北者のうち、外部の放送を聴取した人が多いということは、北朝鮮を対象にした放送が住民の意識にいかなる影響を及ぼす
のかを、端的に見せてくれる例だ」と解釈した。したがって彼は「さらに多くの脱北を誘導し北朝鮮政権を変化させるためには、RFAのような放送が続けられ
ねばならない」と主張した。
「政権交替の決定打」vs「刺激する必要なし」
最
近、一部の北朝鮮人権団体と保守団体がさかんに「北朝鮮にラジオを送る運動」に熱を上げる理由はここにある。ラジオの効果(?)が実証的に立証されている
ためだ。さる8月22日、江原道鉄原郡の旧朝鮮労働党舎の建物の前で、ドイツ人医師、ノルベルト・フォラツェン氏と自由市民連帯など保守団体の会員30名
以上が、700台以上のラジオをぶら下げた大型風船20余個を北朝鮮へ飛ばして送るイベントを強行しようとしたものの、警察と衝突を起こしたことがあっ
た。こうした動きに対して、最近亡命してきた平安南道桧倉郡出身の脱北者、朴ヨンソン(仮名)氏の評価をまずは聞いてみよう。
「わ
たしたちの出身地は休戦ラインからそれほど遠く離れていないため、高い山脈の南側に行けば中腹に韓国から飛ばされてきた各種の物資で真っ白に覆われてい
た。ビラやラジオ、食べ物、下着、各種の生活用品……。もらえる物は何でももらってくる。ビラはコーティングされていたため、破れもしなければ燃えもしな
い。党が『そんなものに触れば手が腐る』と教育しても、みんなさっさと拾ってくる。食糧難が深刻になると「死ぬなら、たらふく食べて死のう」と、風船が飛
んでくることだけを待ったりした。ところが1990年代後半になると、こうした風船は飛んでこなくなった」
彼の話によれば
「昔は風船に乗って飛んできたラジオをたいていは申告したが、今は闇市場で売るためにもお互いに取っておこうとする」とし「こういう状況なのだから、ラジ
オをときどき北に送らなければならない」と主張する。ラジオを送る運動を主導しているシン・ドンチョル牧師もやはり「韓国政府がやらないからわたしたちが
やっているのであり、ラジオは北朝鮮政権を交替する『決定打』になるものだ」と説明する。だが、これに対して統一部のある関係者は「南北対話において我が
国の立場をさらに狭く小さくする行動だ」と憂慮を表明した。
「北朝鮮はさる8月1日から対南誹謗放送の『救国の声』放送を
中断した。これは今後、強まるものと予想される対北朝鮮放送など『非軍事的な圧迫』に、あらかじめ対応するための措置である。われわれが先に止めるからお
前たちもやるな、という話だ。北朝鮮がそのカウンターメディアとして狙っているのは社会教育放送であると考えられる。もちろんわれわれは社会教育放送は対
北放送ではないという立場を取っているものの、このような状況で『ラジオを通じて北朝鮮を崩壊させる』という方法で刺激するのは望ましくない」
事実上唯一の対北放送
実
際、社会教育放送は「対北放送」と呼ばれることを忌み嫌う。1948年、「北朝鮮同胞に送る放送」から始まった社会教育放送は以後「自由大韓の声放送」と
改称しながら、1990年代初期までは対北放送としての役割を担当してきた。放送プログラムの中でも「労働党幹部に」「金サッカッの放浪記」(訳注:「金
笠」=金炳淵。李朝時代の放浪詩人)など北朝鮮体制を批判し、韓国体制の優越性を宣伝する内容が一部含まれていた。しかし韓中修交が実現しロシアの同胞た
ちとの交流も拡大された1980年代中盤から、徐々に海外同胞たちのための放送として変化し、政府が和解・協力の統一政策を繰りひろげはじめると、北朝鮮
を批判する内容は完全に痕跡をなくしたと見られる。
放送運営の目標もやはり「南北の平和体制構築のための中心放送、韓民族
の同質性回復と韓民族ネットワークを構成するための放送」へと変更した。一部の脱北者たちが「社会教育放送を聴きながら北朝鮮体制の矛盾点を悟り、韓国社
会に対する憧憬を培ったのに、何故こうなってしまったのか」と、社会教育放送の背信(?)に対して不満を爆発させているほどである。「北朝鮮民主化ネット
ワーク」李クヮンベク研究委員の話だ。
「もし北側が社会教育放送を対北朝鮮誹謗放送と呼び、中断を要求するならば、これは
韓国語で行うあらゆる放送を中断しろというのと同じことだ。現在、社会教育放送は一般のFMラジオプログラムと違うところはない。過去、韓国体制の肯定だ
けを広報したこととは異なり、与野党や市民団体の声までそのまま伝えている。韓国から発射する電波が北朝鮮領土だけを避ける方法を開発するならともかく、
世の中に関する多様な情報を含んでいる放送は、それが何であれ、北朝鮮政府には脅迫的なものだ。結果として一日も早く北朝鮮政権が自ら、住民たちの口や耳
を開かせること以外に代案はない」
対北放送の対北が単純に北の方向を意味することではなく「北朝鮮」を意味するとすれば、
いま電波をそっくりそのまま「北朝鮮だけを」対象にして発射している放送はRFAしかない。それゆえ唯一の対北鮮放送であるRFAは、北朝鮮のリーダー
シップ交替を試みているアメリカとしては全面的な支援も惜しくはない貴重な存在であり、北朝鮮政権の立場では最も脅迫的な存在に相違ない。
一
部の言論は北朝鮮当局が最近、住民たちからラジオを大々的に押収している、と報道したことがあるものの、確認された事実ではない。北朝鮮関連の専門家たち
は「北朝鮮当局も住民世論をある程度意識せざるを得ないがゆえに、中世の時代に戻ることと変わらないラジオ押収令は、むやみに下すことができない」としな
がら、「RFAが終日放送体制に突入するにせよ、承認されていないラジオに対する摘発を強化したり、妨害電波の出力を強化する以上の措置を行なうことは困
難である」と語っている。
アメリカはいま北朝鮮と「戦争」中
交
戦あるいは対立している国家間の、放送を通じた電波戦争は第二次大戦時にはじまった。当時の参戦国は心理戦の次元で各地に宣伝放送局を設立し、多様な言語
で自国に有利な放送を行った。1941年までに日本は42ケ所、ドイツは68ケ所にこのような宣伝放送の電送施設を整えたと伝えられている。
日
本の真珠湾奇襲でアメリカが参戦すると、最も焦眉の急されたものの一つが宣伝放送に対抗するための措置を準備することだった。したがって参戦79日後にド
イツ語で15分ほど、初めて放送したものが「アメリカの声(VOA)」放送である。「ニュースには良いことも悪いこともあります。わたしたちは皆様に真実
をお伝えするつもりです」という名言で始まったVOAは、対ナチ放送であった。
戦争の終盤でVOAが連合軍の勝利について
の消息をいち早く伝達すると、ヒットラーは「シンシナティーの嘘八百の連中」という非難演説を行うこともあった。当時、VOAの中継局はアメリカのオハイ
オ州シンシナティーにあった。「独裁者にとって最も恐ろしい兵器とは、何者かが住民たちに正確な情報を提供してしまうことだ」という真理を、いま一度考え
させる事例である。
韓国の歴代軍事政権が短波ラジオの聴取を禁止させたのも、実は北朝鮮放送の聴取を防ぐという理由のみな
らず、軍事政権に対する西側の好ましくない視線を国民が知るようになることを恐れてのことだった。1970年代初期まで、韓国のあらゆるラジオ局は毎朝6
時30分から10分間、VOAをAMで中継した。こうしたことが朴正煕政権の後半期にはひとつづつ中断されはじめ、VOAが1973年8月に金大中拉致事
件を報道するころ、最後まで残っていたCBS(キリスト教放送)もが中継を中断することとなった。韓国の短波放送聴取者の同好会である「韓国短波クラブ」
のある会員は「国内の放送を聴いてから、短波でVOAやNHKを聴けば、報道が真実であるかどうかをある程度は把握することができた」と過去を回想する。
外部からのラジオ放送をこっそり聴いている人が北朝鮮にどれほどいるのかは「誰も」知らない。VOAでナチを押し倒し、RFEでソ連と東欧社会主義国家の体制転換を率いたアメリカが、RFAを通じて何を得るようになるか見守ることである。
(おわり)
文:郭デジュン・北朝鮮民主化ネットワークKEYS編集長 発行日:2003年10月01日(通巻529号) |