9: 方貴達の章
「一日中はたらいて、夜道を店から家にむかって歩いていますとね、月が見えることがあるでしょ。そんな時、わたしはいつも思うんですよ。あの月を朝鮮にいる母親も見てるだろうってね。月をかすめて鳥が飛んでいったりすると、わたしも鳥になって朝鮮に行けたらなって本気に思うんですよ。
在日商工人を論じる場合、夫人の支援、内助の功を抜きに論じると見当外れに成る場合が多い。金範の場合など、夫人の下支えが大きかった、と伝えられている。
「丸金」の名前は大変著名である。南牛が「丸金」の名前を耳にしたのは、山梨学院大学の宮塚利雄教授がゼミを設けている話からであった。宮塚利雄教授は大学の講座に「パチンコ」を取り入れただけでなく、焼き肉、街金も取り上げ、在日商工人の活動を調査している。心算、この分野の第一人者だが、惜しむらくは金正日総書記と北朝鮮に対して「悪意」を抱いている為、在日朝鮮人の商業活動を総体的に把握出来ないでいる。
金範は済州島北済州郡旧左面(クチャミョン)出身である。「面」なら、日本で言えば「村」であろう。早速、知らない関係ではない旧左面2世であろう高二三氏に電話を入れた。
鄭大均教授に1.5世論がある。典型に挙げられているのが金達寿であった。その金達寿の親友が張斗植であり、親友を特徴付けるのは横須賀そして日大である処から、韓徳銖もその一人に入る。帝国敗戦後、横須賀軍港から三人は羽ばたくのだが、韓徳銖は政治へ、金達寿は文学へ、そして張斗植は実業界の道を進む。鄭大均教授的分類では、三人とも1.5世となる。